2025年7月11日
広島県・山口県にて新コンテンツ「マチを越えて、ミチがつなぐ ひろがる西国街道の魅力」をリリースいたしました。
古代から中世まで、京都と大宰府を結ぶ唯一の大路だった「山陽道」。
江戸時代になると、江戸と「西国」九州への経路をつなぐ重要な道路として発展し、東海道などの五街道に次ぐ脇街道と位置付けられました。江戸時代では、西国往還や西国路などとも呼ばれていましたが、現在では一般的に「西国街道」と呼ばれています。
現在紙で配布されている西国街道横断マップで紹介されている史跡、スポットを中心にマップ上に登録しました。西国街道としての面影が見える、江戸時代に整備された宿駅や街道松、一里塚、鍵型の道や、その周辺の城郭や寺社などを中心に登録。また史跡だけでなく、街道沿いには当時の名残が残る地域もあり、広島市の本通り商店街や東広島市の酒蔵通り、江戸時代や明治時代から続く老舗なども紹介しています。また、当時の西国街道のルートもマップ上に一部描かれています。
▼西国街道横断マップはこちらからhttps://www.city.hiroshima.lg.jp/kouiki/2million/1027228/1036849/1030656.html
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